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Hiyowa Kyobashi
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作品に罪はない、か?~創作者の起こす社会的逸脱の扱いについて#gr000034

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2022-10-23 20:30 - 2022-11-23 19:27






















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作品に罪はない、か?~創作者の起こす社会的逸脱の扱いについて#gr000034
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創作を生業とするアーティスト業で、不祥事を起こした場合、「作品に罪はない」と言われることがあります。
この問題を掘り下げてみたいと思います。

創作であれば、あらゆる芸術活動を議論の対象とします。映画、美術、音楽、小説、文学、など。

思うこと、意見など、テーマに関することであれば、何でも思いつくままに書いていただいてOKです。

取り敢えず基本的な指針として、以下のことを示しておきます。

アーティストの犯した罪は、どういうものと見ればいいのか?
罪を犯したアーティストの作品は、どう扱われるべきなのか?

例)アーティストはどういうことをすれば復帰を認めてもよいと思うか
  ・どういう条件で果たされるか?
例)作品は、そのままにしておいてよい
  ・それはなぜか?
例)作品は、そのままにしておいてはならない
  ・それはなぜか?

どしどしご参加お待ちしております!

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誰でも参加可
2022-10-23 20:30 - 2022-11-23 19:27

作品に罪はない、か?~創作者の起こす社会的逸脱の扱いについての議論

返答ありがとうございます。
私自身オタク気質であることは十分理解しています。
好きなキャラクターの声が変わってしまうことは、キャラへの印象というか、
私たちはそもそも「櫻井さん演じるキャラ」ではなく「物語の中のこのキャラ」という認識をしており、
櫻井さん=このキャラ
みたいな考えはしないんですよね
なので、「作品の中のキャラクターはあくまで作品の中のキャラクターなので、外部からの変更はあまり受け付けるべきでない」という話になります。
「仮想の話として、あるキャラクターの担当の声優が引退されたとします。そうすると、上の論理では、「キャラクターに罪はないから引退するべきでない」ということも言えてしまうんじゃないでしょうか。」
次にこれについて私なりの考えを書きたいと思います
「作品に罪はない」という表現が使えること自体そもそも、その議題の中心となる人が「罪を犯したか否か」が前提となります。
櫻井さんであれば、不倫であり、厳密には罪とは言い難いですが、被害者の気持ちや、よく行われる対処の一つに「謹慎処分」などがあることから、ここでは「罪」とくくらせていただいてます
不倫=罪
であるため、
櫻井さん演じるキャラクターは
外部の影響(おおむね犯罪)の影響を受けるべきでなく(そもそも刑事罰などで服役してる場合はどうしようもないため基本割り切られる)
引退に≠罪
であることはもちろん当たり前です
さらに言ってしまうと、
「作品に罪はない」は
すでに出来上がってる作品に対して使うことであり、
引退の場合は、「これから出ることはない」だけであって、過去の作品から差し替えになることはないでしょう。
根本的な違いはこういう点になると思います
ただ、私自身すこしわかりにくい表現をしていたので、勘違いとかであればすみません。謝罪します。
返答に対しての私の回答はこんな感じです。
分かりにくい点などあれば、お手数ですが、ご指摘いただけると幸いです
#議論sp000484
ご説明いただきありがとうございます。

キャラクターについての考えはよく分かりました。
引退という例についても、私が考えていたのと違う理解だったようで、そういう風に見ているものなのだと納得できました。
ひとつ気になったというか、気付いたことがあるんですが、「作品に罪はない」という観点から考えているということは、作品がお蔵入りになる懸念から考えているという風に読み取れました。

その視点では、確かに引退は何ら問題のあることではなく、今回の声優の不祥事のような場合に、第一に作品の保護を考えている視点だという風に分かりました。
すると、次のことが問われる可能性があると思いました。

(1)作品に関わっている声優の、人間として犯した問題について触れないことの問題性

(2)過去にその声優が演じた部分に対してどう扱うべきかの問題
(1)は一般に、オタク全体が批判されることになる一因となっている、「作品さえ守れたら後のことはどうでもいい」ということへの問いかけの問題ということで、社会性の問題ということになります。

これは各自で考えていただければよい問題ということになりますが、基本的には、社会のことも考えないといけない、というのが結論になるはずだろうと思います。
(2)については、簡単に、過去を変えようとしてはいけないということだと思うんです。

すでに演じられたものを、なかったことにする、ことはできない、と思うわけです。
それで、R指定のような注意書きを付けることが義務付けられることで対処されれば済むというのが私の考えです。

作品関係者が不祥事を起こしている注意が必要な作品、というレッテルを貼られることになるわけですが、それに同意するなら買ったり見たりすることはできる、というものです。
作品をお蔵入りとして実質禁止にするのは、どう考えても妥当でないと思います。

音楽などの場合も同じです。
麻薬をやって曲を作った、という場合に、そういう作品だと断り書きが示されて同意を求められ、同意するなら聴くことができる、ということです。
#議論sp000486
あと、キャラクターと声優の関係というより、キャラクターとその声のイメージという関係で、とくに声優個人の人格を気にしていないとらえ方だということですが、多少疑問を感じるところがあります。

確かにアニメ作品などは、イメージの世界ですし、イメージでキャラクターと演じられる声とをひとつの切り離せないものとして捉えます。
それは、作品を視聴中の状態であって、作品の視聴の前後である「作品を見ていないとき」の状態を考えると、後者が主で、前者が従ではないか、と思うのです。

いわゆる現実の人格である声優のことを「キャラの中の人」というとらえ方が、ある種の逆転であるように思うのです。
それはまったく「罪」とかいうことではないですが、考え方として逆転であるだけの何らかの問題性ははらんでいるようには思います。
これもあえていえば、その人の選択の問題なのですが、「中の人」のような逆転した概念を社会に適用することは、全くできないという気がするのです。

その点からすれば、「作品に罪はない」というのが、逆転の発想を根拠にして行われていれば、根拠として認めるのが難しくなってくるのではないかと思うのです。
もちろん、上に書いたように、過去に演じられた完成した作品を禁止したり廃止したりするということは、まったく逆転の発想を必要とせず通じる話だと思います。

そこに逆転の発想が混じってしまう所が、いわゆるオタク、という区別を生じさせている部分があるのではないか、という問題提起が起こってしまうと思うのです。
#議論sp000487
これに関連した問題として、例えば「官庁が萌え絵、それもエロ系の作品のキャラクターをポスターに採用する」といった問題も起きたようですし、「金融庁が2ちゃんねる創始者の、茶番を言うということで批判が絶えないひろゆき氏をイメージキャラクターに起用する」といった問題も起きています。
その問題の本質は、端的に言うと、社会第一ではなく、個人の思い(作品やキャラクターへの思いなど)第一という逆転の考え方、ということにあると思います。

このことは、もっと社会で考えて解決を模索する必要がある問題だと思っています。
#議論sp000488
本質的な話をしてしまうと、概ねそうなんですけどね
「(1)作品に関わっている声優の、人間として犯した問題について触れないことの問題性」
→これに関してですが、「オタク目線」は、その好きな作品を嫌いになってほしくないし、新規をないがしろにしたくないという観点から、そういう議論の場でないかぎり一般的には触れないのが「暗黙の了解」というか、「マナー」になっている部分がありますね
「(2)過去にその声優が演じた部分に対してどう扱うべきかの問題」
→ここは議論を重ねていきたい議題ですね。「何かした方がいいんだろうけど、現状何をしてもうまくいかない」簡潔にはこういうことで、最適な対処法がありません。現状はみんな目を瞑ってる、と言う感じでしょうか。
#議論sp000489
「「作品を見ていないとき」の状態を考えると、後者が主で、前者が従ではないか」
→誰も気にしないっすね。昨今の若者は、オタクであることがデフォルトしつつある現在、気にすることが、一種の「作品への冒涜」であったり、あまり良くないこととされています。あと気にしてると「作品が楽しめない」ってことですかね
あくまで、「作品」は「楽しむもの」なんですよ。作品そのものがよほどおかしなものでもない限り、「作品は楽しむもの」であるために、「楽しい雰囲気を阻害する」「考え」や「意見」は、元来タブーであり、そういった点も含めての、「出演者は出演者」「作品は作品」ということです
最後の官庁などについては、先にも述べたように、現代の若者は「オタクがデフォルト」なんですよね。陽とか陰とか関係なくみんなオタクです。萌えとかそういう方面の方が若者の意識を集めやすいという作戦だと思います。現代社会に問題提起しても、官庁に問題提起する類ではないと思います
#議論sp000490
(1)については、確かに作品を観賞する側としては、それに水を差すような議論を観賞する時に持ち出して欲しくないし、作品にそういう議論を付すこともやめてもらいたいと思う、その気持ちは、そういう議論が作品と相容れないものであることから、分かります。

自分が普通に楽しんでいたものを、問題があるもののように言われると、やっぱりうれしくないというのはありますね。
ただそれは、議論が非難とごっちゃになっていることが原因だと思う部分もあります。

例えば、好きな作品の作者のプロフィールを調べていて、過去に暴力事件を起こしていた、ということが書かれていると、それだけで自分がその作品を好きだということをもう一度検討して見なければならないという思いに一瞬、駆られます。
でも大抵は、そういう問題の部分は忘れる傾向にあるのが普通です。それは、「作品に罪はない」と言えるだけの根拠がやはり、何かあるからだろうと思います。

現に作品が存在していて、それを楽しんだことで、直接同じ問題行動をファンが起こしてしまう、ということでもありませんから。
そこで、作品や作者のプロフィールは、事実に忠実であることと、それを知ったうえで作品を観賞するしないを選択する権利が鑑賞者にはあるということ、が保証されねばならないと思います。

その上で、問題あるプロフィールは、鑑賞者が鑑賞前に目にするように明記の必要がある、という主張をしているわけです。
それは、そうしないとその問題はなかったことにできることになってしまうから、という懸念からです。
(2)については、「問題を起こす前の出演作部分の扱い」ということです。
ふらっとなおうち@YTさんは、過去に起こした問題、というふうに理解しておられますが、そういう問いではないつもりでした。
オタクがデフォルトというのは、やはり、違うんでないかと思います。確かにオタクと呼ばれる人の数は増えていて、社会でもオタク文化を前提にしているコンテンツの作り方などをするのが普通にはなっています。
しかし、オタク文化のルールには、社会の「リアル」の文化のルールと相容れないものであるというのは、れっきとした事実としてあると思います。
一種の流行的な社会現象でありサブカルチャーがメインカルチャーに食い込んでいるような状況だと思っています。
そこに乗っかる官庁は、官庁の仕事自体が本来、サブカルチャーであってはならないはずです。そこのけじめは問われてしかるべきだと私は思います。
リアルの場にメイド喫茶ができ、コミケがポピュラー化しているような、リアル世界でオタク文化の活動が活性化していることが、ある意味、それがリアルに共存できるという感覚を生み出してはいますが、それは私は、錯覚だと思うんです。テーマパークという「門の中の夢の国」が、町の一角に飛び出した、それも建物の内側だけ、ということ、そこに一つの岐路があったと思います。
門の中でするコスプレが、門の外でもコスプレで通してしまう、という感覚は、正規のものではない、と思うのです。

例えばそれは、中学生が、部活の体操服で街の中を歩いて電車に乗って帰宅するようなことに似ていると思います。
決して同意を求めているのではありませんが、

言いたいことは、力を持つことがデフォルトではない、ということです。

それはオタク文化に限った事ではありませんが、数の力はデフォルトを覆い隠せても、生まれた時にデフォルトでなかったものはデフォルトになれずサブであり、そうであればサブはデフォルトであることは初めから最後までない、と言わねばならない、というのが私の意見です。
#議論sp000493
耳に新しい意見をよく聞けて眼福ならぬ耳福というものです。ただ、私の意見の本質は「作者は作者」「作品は作品」と区別することであったため、これに理解いただけたようでなによりです。
そのため私はこれ以上議論に参加することも、そもそも別意見を出すことも恥ずかしながら頭に思いつかなかったもので、ここで引かせてもらいます。ありがとうございました
#議論sp000496
@Efrat さん

こちらこそご参加いただき貴重なご意見をいただけて大変参考になりました。
どうもありがとうございました。
#議論sp000500
作品に罪はない、とは、作品が「お蔵入り」として実質公開禁止にされてしまう問題ということになるでしょう。

ファンであるほど、そのことを訴えるわけです。
そこには、すがりたい本尊を温存したいという欲の願望があります。
その本尊がとうてい仏でなかったということは、逆に人はみな人なんだという希望でもあります。
人は人として、誤ることもある存在だと受け入れること、それに反するのがアーティストは絶対とするファン心理の問題であり、アーティスト側の勘違いの思い上がりの問題でもあります。

それはその二者で支え合って成り立っている幻想です。
その外側に立っている者には明らかに異様に映ります。
問題は、そう言う異様な幻想の関係の中からなされる発言が、言葉を歪め、貶め、その言葉を正しく使うことができなくなるように仕向けているというその点です。

「作品に罪はない」その言葉自体は理にかなったものです。
その言葉の意義は、「人は罪を犯すこともある」と表裏一体です。
そこに、”アーティストは罪を犯していない、神である”
”そのアーティストをあがめる私たちは神の信徒であるからやはり罪を犯していない”

そういったカルト的な心境が垣間見えるからこそ、そういう人々が「作品に罪はない」と言う言葉を持ち出してくる時に、欺瞞ということなります。
#議論sp000524

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発言権を取得可能です

終了した議論です

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雑談タイムライン
IMEは、Windows10の標準のIMEです

あと、韓国語のIMEもインストールしています。
#雑談sp000419
2022-09-30 21:38
どちらもマイクロソフトのIMEだと思います。
韓国語の方もマイクロソフトの方からインストールしたと思います。
#雑談sp000420
2022-09-30 21:39
@Kageyama44 ありがとうございます。確認します。
#雑談sp000422
2022-10-02 05:48
RSS対応してもらえたら嬉しいです。
#雑談sp000430
2022-10-10 02:35
テスト
#雑談sp000431
2022-10-11 17:15
@Kageyama44 IMEの問題ですが、先日のアップデートでひとまず修正してみたのですが、いかがでしょうか?おためしください。
#雑談sp000456
2022-10-22 06:04
@H.WAKIMOTO IMEの問題、解決しました。
また、画面もスッキリと綺麗に見やすくなって、洗練されたインターフェースになりました。どうもありがとうございました。
#雑談sp000459
2022-10-23 20:12
@Kageyama44 おお、よかったです!
#雑談sp000505
2022-11-04 09:57
@lyrizawa RSS検討します!
#雑談sp000506
2022-11-04 09:59
ベン図使いたい場面があったりしますけど、
何でも画像貼れるとそれはそれでとおもったらもう貼れるようでしたすみません。
#雑談sp000546
2022-12-01 10:45